誰が為に

Nikon D300 + Nikon 18-200mm f/3.5-5.6



今日は大東亜戦争が開戦した日。



写真(ばかりではないけれど)で求められるのは個人のアイデンティティ。自分が何者なのか?を求めるとまず「日本人」ということは避けては通れない道です。
であるならば、日本人とはどんな民族で、どんな歴史を辿ってきたのか。自分なりに勉強せねばと思うし、それなりの知識を身につけたいと常に考えています。

今日は日本が真珠湾攻撃を行い、アメリカ・イギリスに宣戦布告した日です。

特に戦争のことになると、「戦争は悪」「日本軍はひどいことをした」という情報の多さと、肯定しようものなら「右翼」のレッテルが貼られる世相です。もちろん戦争は肯定しません。戦場に行きたい人がどこにいるのか。
僕は犯罪を憎み警察官になり、日本を、というと誤解されそうなので、愛する家族を守りたいから自衛隊に、その後も強さを求めて格闘技にのめり込みました。僕は喧嘩や暴力は大嫌いです。自分から振るったこともないし、したいとも思いません。自衛隊では訓練とはいえ、小銃や迫撃砲の撃ち方、格闘術…。それは人を殺すための訓練です。もちろん、それをしなければ自分が殺されるのです。訓練自体はもちろん厳しいですが、もし「戦争であれば」と思うと恐ろしいことです。たとえ国を、家族を守るためとはいえ。

けれども残念ながら、好む好まざる別に他者からの理不尽な暴力は存在します。僕は高校生のときにその理不尽を経験したし、警察官のときに話し合って解決できない人間がいるのも多く見てきました。必要なのは暴力でなく武力。武力というとなにか恐ろしいものに感じるかもしれませんが、「武」は「戈(ほこ)」を「止(とめる)」という解釈があります。僕の人生は常に武力を求めていました。
以前ブログに、「なんで格闘技をしてるの?」という問いに「ストリートファイトを想定しているから」というような笑い話的に書いたことがありますが、実はこういうところから来ています。究極、もし有事の際には日本を守るために前線に行きたいと思ってるからこそ今も体を鍛えています。(その時になれば怖くて逃げ出すかもしれませんが)

果たして70年以上前に日本が、祖父や曽祖父たちが行ったのは暴力だったのか。
当時の歴史背景や日本が置かれていた立場など自分なりに調べて自分なりの答えを出すといいと思います。答えは人それぞれです。ただ、経験してもない、調べてもいないでそのときの歴史を勝手に断罪することは卑怯であると思います。僕はあの戦争の中で素晴らしい先人たちを見出したからこそ、その想いに応えたくて空挺団を目指しました。

特攻隊がテロと同列視される見方もあります。彼らが生命を懸けてまで守りたいと思ったのは、狂信的な思想でもなく、天皇陛下でもなく、自分の愛する家族と住んでいる国です。そしてその愛する家族がいる日本を攻めてくる、武装した軍に単身向かっていったのが特攻隊です。武器を持たない民間人を標的にしたテロとは比べるべきものではありません。(「特攻隊の遺書には天皇陛下のために」、と書かれていると反論もありますが、当時の時代背景を考えれば書けること、書けないことがあるのは当然です。大事なのはその裏を読むことではないでしょうか。)

そんな時期に百田尚樹さんの「永遠の0」を読みました。特攻隊のパイロットを主役にした小説です。フィクションが入っているとはいえ、その時代背景や軍人たちの描写は多くの検証とともに書かれており、あの時代を知るにはとても勉強になる本です。また、愛する家族のために「絶対に生きて帰りたい」と言っていた主人公の人物像が、じわりじわりと明らかになっていくストーリーは読み物としても大変面白かったです。一気に読んでしまいました。号泣しながら。妻もでき、娘もできた今、余計に主人公に自分を投影してしまい泣けてしまいます。

映画が21日に公開だとか。絶対に観に行きたいし、映画でどう描写されているのか今からとても楽しみです。

おすすめの書籍



説明するまでもない百田尚樹さんのベストセラー。映画の前に読めてよかった。


教科書では絶対知ることができない日本人の歴史。豊臣秀吉の朝鮮出兵の背景など、驚くことたくさんの本です!

ねづさんのブログも勉強になります。
ねずさんの ひとりごと 大東亜戦争開戦の日に思う

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グラフィックデザイン、ウェブデザインも手掛ける写真家修行中の人(♂)。
クスッと笑える不幸体質の持ち主。
日本人のアイデンティティを可視化できるような作品づくり(写真)を目標に取り組んでいます。